
マーベルのCGI問題は技術ではなく、管理体制や時間、優先順位にあります。VFXに何千ドルも費やし、内容の90%以上をCGIにしても、厳しい納期やタイトなスケジュール、指示の不明確さによってクオリティは低下してしまいます。「ファンタスティック・フォー:ファースト・ステップ」や「マダム・ウェブ」のような最近の作品を見てもわかるように、予算を増やせば必ずしも良い作品になるわけではありません。大切なのは、徹底した計画、一貫したクリエイティブな指導、そして世界観をリアルに見せるアーティストを、尊重することにあります。
2008年の『アイアンマン』が登場したときは、CGと実物の特撮が自然に溶け合い、本当に存在しているかのような説得力がありました。トニー・スタークのアーマーは、光の反射や質感がリアルで、その“重み”まで感じ取れるほど説得力がありました。ところが、そうした丁寧な作り込みは、作品を重ねるにつれて次第に薄れていきました。
マーベルが巨大フランチャイズとして急速に拡大する中で、作品ごとの革新よりも、映画やドラマ全体での“統一感”が優先されるようになりました。その結果、作品の進め方や仕上げ方そのものが変わっていったのです。
「マーベルは制作の途中でも大量の修正を求めてくることで有名なんです。こちらがすでにいっぱいいっぱいの状態でも、他のどのクライアントよりもはるかに多い変更を、しかも定期的に要求してきます。その中には、内容を大きくひっくり返すような大規模な修正もあります。公開の1~2ヶ月前になって、映画の第3幕まるごとの作り直しを指示されることもあるくらいです。とにかく、異常なほど短い納期で対応しなければならないので、現場にとっては本当に過酷な環境なんです。」 - VFXアーティスト、クリス・リー(Vulture誌より)
その結果、才能や技術の不足ではなく、制作体制が過密で洗練する作業や仕上げに十分な時間が取れない制作現場が生まれているのです。
マーベルはコンピューター生成映像(CGI)に大きく依存しており、VFXが物語の根幹を支えています。マーベル作品の制作費は2億7,000万ドルを超えましたが、一部の観客や批評家からは、CGIのシーンのいくつかが安っぽく見えるという指摘がありました(Forbes)。

大規模作品のVFXは通常、1分あたり2,000~10,000ドルかかります(Pixune)。再撮影やクリエイティブな変更が入ると、その費用はすぐに膨れ上がります。シーンの変更は、照明パス、テクスチャ、シミュレーション、合成レイヤーなど、何百もの個別アセットに影響します。1回の調整で数週間分の作業が無駄になることもあり、再撮影ごとに新しいシミュレーションや照明作業、夜遅くまでの作業が発生します。観客が目にするのは数秒ですが、その数秒を完成させるために何か月もの時間が費やされているのです。

CGIの爆発シーンやスーパーヒーローの変身の裏には、過酷な労働時間をこなすアーティストチームが存在します。マーベル作品に携わったベテランのアーティストは次のように述べています。
「ブラックパンサーの後半のような出来が悪いシーンを見るたびに、完成させる時間を与えられなかったアーティストたちの姿が目に浮かぶんだ。」(GQマガジン)
繰り返される修正や直前の変更の連続は、、燃え尽き症候群や離職を招き、経験豊富なアーティストの数を減らしてしまいます。ベテラン人材が不足すると、スタジオは新人に頼らざるを得ず、十分な指導や修正の時間も確保できなくなります。

あるシーンの感情的な重みが、目立つほど粗いVFXによって台無しになっています。特に話題となったのはCGIで表現された赤ちゃんで、批評家たちは「映像は全体的に素晴らしいが、あの赤ちゃんだけが没入感を壊している」と指摘しています。
主演キャラクターを完全CGで表現するという挑戦的な作品でしたが、映像の出来には賛否があります。ショーランナーのジェシカ・ガオは、多くのVFXアーティストが作業量の多さやタイトなスケジュールで追われ、十分に仕上げる時間が取れなかったと認めています(Gamespot.com)。制作チームも、厳しいスケジュールや高い要求が、アーティストに仕上げの時間を与えられない原因になっていると指摘しました。視聴者の評価も分かれており、CGIに不満を持つ人も少なくありません。この様子はFilmonger Entertainmentの動画でも確認できます:
Indie Wireなど複数の批評家たちは、『マダム・ウェブ』(2024)のCGIの出来の悪さや脚本など、映画全体の質を下げる要素について指摘しています。Corridor CrewもCGIに注目し、そのCGについて次のように述べています:
マーベルほどの巨大予算があれば、当然ビジュアルも最高になるはず、と思われがちです。ところが実際には、「十分な時間があるか」「指示が明確か」「何度もブラッシュアップできるか」の方がはるかに重要です。しかしマーベルの制作体制は、作品そのものの完成度よりも、作品数や公開スケジュールを重視しています。
マーベルでは複数の作品やシーンが同時に制作されることが多く、しかも土壇場での大幅な変更も珍しくありません。こうした混乱がそのままポストプロダクションに押し寄せ、修正作業が終盤まで延々と続く状況になります。受賞歴のあるVFXアーティスト、ジョー・パブロも次のように語っています。
「ディズニー/マーベルは、複数のバージョンを同時に制作しておいて、あとからどれにするか決めることで有名です。(…)例えば、美術部にセットをデザインしてもらうとして、そのセットを35回も壊して作り直すなんて普通はありえませんよね。デジタルでそれと同じことをしても、大変さが見えにくいだけで実際には同じく大変です。膨大な作業と創造力、そして長い労働時間が必要なんです。デジタルだからといって勝手に生成されるわけではないのです。」
ジェームズ・キャメロン監督の『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』(2022)を見れば、長年のプリプロダクションとテストを重ねた結果、どれだけ美しい映像が生まれるかがよくわかります(NoFilmSchool)。焦って大量に作るのではなく、世界観とビジュアルをしっかり作り込むことに重点が置かれていました。マーベルも、VFX部門を疲弊させるのではなく、こうした制作姿勢から学ぶべきでしょう。
VFXの世界は今、大きな転換期にあります。技術の進化、労働環境の見直し、そして観客の期待の変化によって、その在り方が大きく変わりつつあります:
世界のVFX市場は、2034年までに 202億9,000万ドル規模へ成長すると予測されています(Precedence Research)。市場が拡大する一方で、労働環境の改善を求める声も強まっています。VFXアーティストたちは適正な報酬、無理のないスケジュール、そして制作工程における発言権などを求めています。
持続的な成功を望むなら、スタジオはアーティストを「都合よく使える技術スタッフ」ではなく、創作のパートナーとして扱うべきです。低賃金で酷使できる“機械”のように扱っていては、業界は持続しません。SNLのVFXアーティスト、ダニー・ベハーは次のように端的に語っています。
「[...] この仕事を続けていくためには、他の業種と同じように、公正な賃金や安定した医療保障といった基本的な待遇が欠かせません。」
マーベルの幹部たちは批判を受け、制作フローの見直しを進めると公言しています。しかし、すでに公開された新作『ファンタスティック・フォー』のリブート版は、早くも賛否が分かれており、先行きには不安も残ります。今後の作品で、アーティストの創造性を尊重しつつ、明確な計画性をどう両立させるのか、そしてこれらのバランスを取れるかどうかが、ビジュアルの方向性を向上できるかの重要な尺度となるでしょう。
マーベルが抱えるCGIの問題は、技術不足ではなく“優先順位の誤り”にあります。初期のMCU作品が評価されたのは、物語性とビジュアル表現のバランスが取れていたからです。しかし現在は、制作の急ぎすぎによってクリエイティブがただの「こなすべき作業」になってしまっています。本来必要なのは、十分な時間、計画性、そしてアーティストとの丁寧な協働です。優れた道具も才能あるクリエイターもそろっているのに欠けているのは“忍耐”なのです。制作ペースを見直し、品質を最優先できる環境を整えれば、マーベルは再び業界の基準を引き上げられるはずです。優れたVFXとは、単にリアルに見えるかではなく、感情を揺さぶれるかどうかなのです。