
レイトレーシングとラスタライズは、もはや競合する技術ではなく、互いを補い合う関係になっています。リアルタイム描画では、処理速度と効率の面でラスタライズが依然として強みを持ち、一方でレイトレーシングは光の挙動を物理的に再現することで、これまでにないリアルさを実現します。2024〜2025年の正確な普及率は公表されていませんが、NVIDIAは2023年時点でRTX 40シリーズユーザーの83%がレイトレーシングを有効にしていると報告しています(Tweak Town)。現在は、それ以上に利用が広がっている可能性も十分に考えられます。今後の主流となるのは、AIによるアップスケーリングと必要な部分だけにレイトレーシングを使うハイブリッド型のレンダリングで、パフォーマンスと写実性のバランスを取るアプローチだと言えるでしょう。
コンピュータグラフィックスの世界では、ラスタライズとレイトレーシングは、光・形状・マテリアルを描画するための根本的に異なるアプローチです。どちらも「3Dデータを2D画像として描き出す」という同じ目的を持っていますが、その仕組みや考え方はまったく別物と言えます。

ラスタライズは、何十年ものあいだリアルタイムCGを支えてきた基本的な技術です。ポリゴンメッシュを構成する三角形などの3D形状を、フレームバッファ上のピクセルへと変換することで描画が行われます。各ピクセルの色は、光が表面にどう当たるかを疑似的に計算するシェーディングアルゴリズムによって決定され、これによって立体感や質感が表現されます。

ラスタライズでは、光の一本一本を追跡するのではなく、カメラ視点からジオメトリを投影し、Zバッファ(隠面消去)によってどの面が見えているかを判定します。GPUはこれらの処理を1フレームごとに数百万回も並列で実行できるため、ミドルクラスのハードウェアでも120FPSを超える高いフレームレートを実現できます(Tomshardware.com)。
一方、レイトレーシングは、光学の原理に基づいて光の振る舞いを再現する手法です。カメラから光線をシーンに向けて飛ばし、表面での反射や屈折、影の生成を計算しながら描画し、マテリアルやライティングの設定に応じて、光がどのように振る舞うかを積み重ねて表現します。

再帰的なアルゴリズムを使うことで、1本の光線からさらに複数の光線が生成され、グローバルイルミネーションやアンビエントオクルージョン、被写界深度、コースティクスといった効果を表現できます。その結果、ガラスや金属、水といったマテリアルにおける反射や屈折の微妙なニュアンスまで再現したフォトリアルな描写が可能になります。ラスタライズでは、光の物理的な挙動を正確に計算するのではなく、見た目を再現するための簡易的な計算で表現しています。
ラスタライズが現在も主流であり続けている最大の理由は、リフレッシュレートやフレームレートとの相性が非常に良い点です。高い計算負荷をかけなくても、十分にきれいな映像を高速に描画できるため、対戦型ゲームや大規模な3Dシミュレーションに適しています。下の例を見ると、レイトレーシングを有効にした場合とラスタライズのみの場合で見た目の違いは確かにありますが、対戦ゲームではその差はほとんど重要ではありません。特に、映像の美しさよりも反応速度が重視される場面では、処理の速さが何よりも優先されます。

NVIDIA の Turing や AMD の RDNA 2 など、現代の GPU は三角形ポリゴンやテクスチャを高速に処理できるよう最適化されています。シェーディング処理も高い並列性を持って行われるため、広くて複雑なシーンでも安定したスムーズなゲームプレイが可能になっています。
一方でレイトレーシングは、ラスタライズでは再現しきれない高いリアリティを実現します。反射や柔らかい影、自然なライティングが物理的に正しく表現され、没入感が大きく向上します。対戦要素のないゲームや 3D のビジュアル表現を重視する場面では、こうした美しさを最大限に味わえる点が大きな魅力です。

ただし、GeForce RTX 4090 のような最上位クラスの GPU であっても、フルレイトレーシングを有効にするとフレームレートが 20〜50%低下することがあります(Techspot.com)。そのため、レイトレーシングを使う際は、画質とフレームレートのどちらを重視するかを意識する必要があります。現在もレイトレーシングは、ラスタライズと比べておよそ 30〜50%の性能低下を招く場合がありますが、DLSS 4 などの AI アップスケーリング技術によって、その差は徐々に縮まってきています。
現在の多くのビデオゲームでは、ラスタライズとレイトレーシングを組み合わせた手法が使われています。たとえば Unreal Engine 5 では、反射やグローバルイルミネーションといった表現にレイトレーシングを使い、ジオメトリ処理や基本的なライティングはラスタライズが担当します。このように役割を分けることで、処理速度とリアルさのバランスを取っており、2025 年のゲームビジュアルを支える代表的なアプローチになっています。
専用の RT コアやハードウェアアクセラレーションがあっても、レイトレーシングを有効にすると性能への負荷は無視できません(Techspot.com)。ハイエンド GPU であれば実用的なフレームレートを維持できますが、ミドルクラスの GPU では解像度や画質設定を下げるなどの調整が必要になる場合があります。
AI を活用したアップスケーリングは、レイトレーシング時のゲーム体験を大きく変えました。NVIDIA の DLSS 4 や AMD の FSR 3 は、機械学習を使ってフレームを予測し、画像を高解像度化することで、FPS の低下を補います。たとえば Cyberpunk 2077 では、DLSS 4 を有効にすることで、レイトレーシングをオンにした状態でもフレームレートが約 2 倍になり、40 FPS 程度だった体験が 80 FPS 以上に向上します(Windowscentral.com)。
レイトレーシングを実用的に使うには、専用の RT 処理を備えた GPU がほぼ必須です。具体的には、NVIDIA の GeForce RTX 20 シリーズ以降や、AMD の RDNA 3 世代の GPU が該当します。ハードウェアレベルで BVH(バウンディング・ボリューム・ヒエラルキー)の走査や、レイとポリゴンの交差判定を行えない場合、処理負荷が極端に高くなり、実用的なパフォーマンスは得られません(NVIDIA)。
ラスタライズは、高いリフレッシュレートや素早い反応が求められる環境で特に力を発揮します。また、DirectX、OpenGL、Vulkan など、ほぼすべての主要なグラフィックス API に対応している点も大きな強みです。物理的に正確なライティング計算を行わなくても、開発者が工夫次第で表現を最適化しやすいのも特徴です。ラスタライズ技術はこれまで大きく進化しており、作り込み次第ではレイトレーシングに劣らない美しい映像を実現することも可能です。この点については、Vex による動画で具体例が紹介されており、レイトレーシングが本当に必要なのか、あるいは好まれるのかを自分の目で確認することができます:
レイトレーシングは、リアルさが重視される場面で特に力を発揮します。事前に焼き込んだライトマップやスクリーンスペース表現に頼ることなく、自然な反射、屈折、影を生成できます。また、光の挙動やボリュームライティングをシミュレートできるため、ゲームエンジン内でも映画クオリティに近い映像表現が可能になります。ラスタライズでも見た目を近づけることはできますが、特にフルレイトレーシング(パストレーシング)では、レイトレーシングのほうが明確に優れている部分があります。
ラスタライズは、間接光や正確な反射表現が苦手です。一方で、レイトレーシングは大規模なシーンになると計算コストが非常に高くなりがちです。こうした弱点があるからこそ、両者を組み合わせたハイブリッドレンダリングが主流になっています。たとえば Unreal Engine の Lumen は、サーフェスキャッシュとレイトレーシングを組み合わせた仕組みで、リアルタイムでありながらパストレーシングにかなり近い結果を目指しています。次の JSFILMZ の例を見て、どちらがパストレーシングで、どちらが Lumen か見分けられるでしょうか。
NVIDIA が公開した 2025 年のゲームデータによると、対応タイトルにおいてデスクトップ版 RTX 40 シリーズのユーザーのうち 83%がレイトレーシングを有効にしており、さらに 79%が DLSS を使用しています(Nvidia.com)。
2018 年にはレイトレーシング対応タイトルはごくわずかでしたが、現在ではその数は 800 本以上にまで増えています(Nvidia.com)。Black Myth: Wukong、Stalker 2、Star Wars Outlaws といった主要タイトルでは、レイトレーシングがレンダリングパイプラインの中核となっています。
普及は進んでいるものの、NVIDIA ユーザーのうち約 47%はいまだに 2 世代以上前の GPU を使用しています(Jonpeddie.com)。こうした環境では、フルレイトレーシングを有効にするとパフォーマンス低下が大きく、現実的に使えないケースも少なくありません。
Unreal Engine 5 の Lumen は、ハイブリッドレンダリングを代表するシステムです。スクリーンスペースのグローバルイルミネーションと、ハードウェアレイトレーシングによる反射を組み合わせることで、ミドルクラスの GPU でもリアルなライティング表現を実現しています。

最新のゲームエンジンでは、シーン全体をレイトレーシングするのではなく、反射や影、アンビエントオクルージョンといった一部の表現だけにレイトレーシングを使い、それ以外はラスタライズで処理することが一般的です。このように必要な部分だけをレイトレーシングすることで、計算負荷を抑えつつ、リアルさを損なわない描画が可能になります。
Microsoft の DirectX Raytracing(DXR)や Vulkan RT は進歩し続けており、ゲームにレイトレーシングをスムーズに組み込める堅牢な API として定着してきました。これらのフレームワークは、加速構造の仕様を標準化し、GPU 間の互換性や実装のしやすさを向上させています。
RTX 50 シリーズの GPU は、強化されたパストレーシング対応と増加した RT コアによって、トップクラスのレイトレーシング性能を実現しています。DLSS 4 と組み合わせることで、フルレイトレーシングのシーンでも高いリフレッシュレートを維持したレンダリングが可能になっています。
AMD の RDNA 4 アーキテクチャはレイトレーシング性能が向上しているものの、純粋なレイトレーシング処理では依然として一歩及ばない状況です。一方で、ラスタライズ性能と効率の良さは非常に高く、コストパフォーマンスに優れた選択肢となっています。
予算が限られているゲーマーにとっては、RTX 4060 や RX 7700 XT といった GPU が、1080p 環境でのハイブリッドレンダリングに十分対応できます。このクラスではフルのパストレーシングは現実的ではありませんが、ハイブリッドモードであれば、見た目とパフォーマンスの両立は十分に可能です。
パストレーシングは、物理ベースレンダリングの完成形に近い技術です。シーン内のあらゆる光の経路を計算することで、他に並ぶもののないリアルさを実現します。「サイバーパンク2077: オーバードライブモード」のようなゲームは、フルパストレーシングで何が可能になるのかを示す良い例です。しかし、計算コストは依然として非常に高いため、処理速度や最適化、画質のバランスを考えると、今後もハイブリッドレンダリングが最適な選択肢であり続けるでしょう。
近年のGPUアーキテクチャでは、専用のRTコアやTensorコア(NVIDIA)が搭載され、従来のラスタライズに加えて、レイトレーシングやAI処理への比重が高まっています。これは、物理的に正確なレンダリングを目指す業界全体の長期的な方向性を反映しています。
NVIDIAによると、現在は870以上のゲームやアプリケーションがRTXに対応しており、売上上位のタイトル、広く使われている制作ツール、主要なゲームエンジンが含まれています。さらに、175以上のゲームがDLSS 4に対応しており、2026年の大型タイトルである『Resident Evil Requiem』や『Directive 8020』(Nvidia)ではパストレーシングの採用も予定されています。開発者はDLSSやレイトレーシング、RTXによるAI機能をこれまでにないスピードで取り入れています。こうしたハードウェアとソフトウェアの流れを踏まえると、2030年代初頭には、レイトレーシング、もしくはラスタライズと組み合わせたハイブリッド手法が、多くのハイエンドなゲームやアプリケーションで一般的になる可能性が高いと言えます。ただし、ラスタライズ自体も今後長く併用され続けるでしょう。
レイトレーシング対応GPUを購入するかどうかは、価格と得られるメリットをどう考えるかが重要です。映像の美しさや最新ゲームのビジュアル表現を重視するのであれば、投資する価値は十分にあります。一方で、競技性やeスポーツを重視するプレイヤーにとっては、依然として従来のラスタライズ性能のほうが重要です。また、自分が遊ぶゲームのラインナップも考慮すべき点です。すべてのタイトルがレイトレーシングやDLSSに対応しているわけではなく、インディーゲームなどでは、追加のハードウェアコストに見合う効果が得られない場合もあります。将来を見据えると、レイトレーシングの高速化は今後も進んでいくと考えられます。そのため、少なくとも第2世代以降のRTコアを搭載したGPUを選んでおくことは、システムの寿命を延ばすうえで現実的な判断です。新しいゲームエンジンやAPIへの対応力を確保し、今後5年程度は十分に使い続けられるでしょう。