リアリズムだけが美しい3D作品を制作するのではありません。アニメ映画『クラウス』の絵画のようなスタイル、『スパイダーマン:イントゥ・ザ・スパイダーバース』の大胆で躍動的なスタイル、『アルケイン』の豊かで緻密な世界をご覧になったことがあれば、スタイライズドレンダリングがどんなものか、きっとお分かりいただけるでしょう。スタイライズドレンダリングは、単に「漫画的」や「シンプル」という意味ではありません。感情を表現したり、ストーリーを伝えたり、リアリズムだけでは達成できない、ユニークでクリエイティブな方法なのです。
スタイライズドレンダリングとは、3Dアートで素材や照明、形状を表現する際に、現実世界の物理学に従わない表現を行うことを意味します。ソフトで絵画的なテクスチャやドラマチックな照明を表現したり、シャープな漫画風のスタイルや、奇妙で幻想的な雰囲気を表現するといったものです。現実とまったく同じように見せようとするフォトリアリズムとは異なり、スタイライズドレンダリングは、プロジェクトのムードやストーリーに焦点を当てます。遊び心あふれるものやダークなもの、抽象的なものなど、何でもありですが、常に目的を持って行われます。「現実世界ではどう見えるか」を問うのではなく、「人々に何を感じさせるか」「どんなメッセージを送るか」を問うのです。
スタイラズドアートでは、ディテールを少なくするほうが、かえって良くなることがあります。ジオメトリは、特にシルエットで見たときに形がはっきりわかるようにデザインされます。たとえば、『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』のシンプルな形や、ピクサーのキャラクターに見られる誇張されたカーブなどがその例です。細かいディテールを詰め込むのではなく、力強い形と意図的に誇張にすることによって、ビジュアルのインパクトを出すことが大切です。また、ネガティブスペース(余白)や、はっきりした横からのシルエット、ベベルや丸みを帯びた角を使って、滑らかで洗練されたものに見せます。
スタイライズドレンダリングにおけるテクスチャは、通常、現実的なPBR(物理ベースレンダリング)方式には従いません。その代わりに、手描きされたり、特定のビジュアルスタイルに合わせて調整されたりすることがよくあります。アーティストが手描きのテクスチャを使用するのは、細かくてリアルなパターンを大量に追加することなく、表面のディテールを表現するためです。その他のテクニックとしては、グラデーションランプを使用して、リアルなライティングを必要とせずに、光が表面上でどのようにフェードするかシュミレーションしたり、スタイル化された法線マップを使用して、形状をより目立たせたり、ユニークに見せたりします。また、スタイル化された外観であっても、テクスチャの一貫性は重要です。そのため、チェッカーマップやテクセル密度ツールなどを使用して、アセット全体のスケールとディテールの一貫性を保ちます。
ライティングは、現実世界の光のルールに従う必要がないため、スタイライズドレンダリングでは最もクリエイティブに表現できる部分です。つまり、現実的な光の跳ね返りや物理的な正確さを無視することができるのです。一例として、アニメや古典的な2Dアニメーションに見られるツートーンライティングがあります。これは、光と影をシンプルで平坦な領域に分割し、大胆でグラフィックな 見た目を演出するものです。もう1つの例は、色のついた影を使うことです。影は暗い色やグレーだけでなく、どんな色でも構いません。メインの光と対照的な色を使って、絵画的な雰囲気を出すこともできます。また、ハイライトに珍しい色を使ったり、影を光らせたりすることもできます。
NPRシェーダーは、スタイライズドレンダリングを実現するための主要なツールです。フォトリアリスティックレンダリングで使用されるリアルなライティングやサーフェスモデルを使用する代わりに、カスタムルールに従って特定の表情を作り出します。NPRには、次のようなさまざまなテクニックがあります:
最もよく知られているNPR(ノンフォトリアリスティックレンダリング)スタイルでは、光と影がはっきりと区切られた平坦な領域として表現されます。この効果は、ランプノードやライトの減衰を調整することで作ることができます。
Blenderでは、Freestyleエンジン、インバーテッド・ハル手法、またはエッジ検出シェーダーを使ってこの効果を作ることができます。ただし、これはBlenderだけに限らず、Mayaなど他のソフトでも同じような技法が使えます。
グラデーションランプを使えば、光が表面上でどのように変化するかを正確に表現でき、絵画的または超現実的なエフェクトを実現できます。
従来のライティングは現実の光の動きを模倣することを目的としますが、スタイライズドレンダリングではそのルールを自由に変えることができます。たとえば、ゴボライトを使って、木の枝やステンドグラスのような架空の影を演出し、シンプルなライティングに複雑さを加えることができます。また、光の減衰(フォールオフ)を調整して広い範囲を均一に照らしたり、ハイライトを強調しておもちゃのようなツヤ感を出したり、「ペイントライト」と呼ばれるテクスチャ付きの発光プレーンやグラデーションライトを使って、シーンの特定の部分だけを照らすこともできます。
スタイライズドレンダリングは、ポストプロセス(後処理)でその魅力が最大限に発揮されます。ここでは、すべての要素をまとめて、ビジュアルをさらに強化することができます。たとえば、ブルーム効果を加えると、夢のような雰囲気や魔法のような印象を与えることができます。色収差(クロマティックアベレーション)は、独特のスタイルを加えると同時に、カメラレンズ特有の表現を再現できるため、SFなどのジャンルによく合います。カラーグレーディングを使えば、コンセプトアートや参考画像の色合いに近づけることができます。また、スクリーンスペースのアウトラインを加えることで、キャラクターやオブジェクトに縁取りをつけて背景からはっきりと浮き立たせることもできます。
Blenderは、スタイライズドレンダリングを楽しむのに最適なツールです。Freestyleエンジンを使えば、アウトラインやエッジの描画が可能です。Shader Editorでは、光の当たり方やフレネル効果、色の操作などを自由にカスタマイズできます。Eeveeは、画面効果を活用したスタイライズドなシーンを高速にプレビューするのに適しています。また、NPR(非写実的レンダリング)の設定や効果をすぐに試せるアドオンも多数配布されており、導入も簡単です。
ゲームエンジンは、リアルタイムでスタイライズドな表現を行うのに優れた環境を提供します。シェーダーの細かな調整が可能で、Unityの「Shader Graph」やUnreal Engineの「Material Editor」を使えば、ビジュアルベースでカスタムNPR(非写実的)シェーダーを作ることができます。また、「ポストプロセッシングボリューム」を使えば、色調補正やブルーム、スタイライズドな霧などの表現も簡単に追加できます。UnityのURP(Universal Render Pipeline)やUnrealの「Material Functions」などでは、スタイライズドな効果のテンプレートも使用することもできます。
スタイライズドレンダリングには、個性的なテクスチャがとても効果的です。Substance Painterは業界標準のテクスチャリングツールで、手描きのペイントやスマートマスク機能があり、塗装の剥がれやディテールを加えるのに最適です。Photoshopも、ベーステクスチャや独自の模様を作るのに強力なツールです。さらに、手描きだけでなく、マスクやグランジマップを使ったプロシージャルな方法もおすすめです。これにより手描き風の見た目を保ちながら、後からの編集もしやすくなります。これらの手法は、Substance Painter、Substance 3D Designer、Blenderなど、さまざまなソフトで使えます。
モデル、テクスチャ、ライティングがすべて一貫したビジュアルスタイルになっているかを確認しましょう。スタイライズは、全体に意図的に適用されて初めて効果を発揮します。
ブラシのストロークを模倣するために30個のノードを使えるからと言って、必ずしもそうする必要はありません。シェーダーは効率的で最適化されたものにしましょう。これにより、レンダリングの時間を大幅に節約できます。
スタイライズは見た目のデザインだけでなく、照明を使ってそのシーンや物語を表現することも重要です。平坦でこだわりのないライティングや、ただ見た目が良いだけのライティングは避けましょう。ライティングがシーンにどう影響するかを考え、過剰にライティングを設定しないようにして、効率よくスムーズに動くように気をつけましょう。
コンポジットやポストプロセッシングは、レンダリング後にプロジェクトにさらなる魅力を加えることができますが、必ずしも必要ではありません。さまざまなポストプロセッシング技法を試して、プロジェクトに最適なものや改善できるものを見つけてみましょう。
スタイライズドレンダリングは単なる「見た目」だけでなく、クリエイティブな哲学とも言えます。3Dアートのルールを理解し、手を加えることで、視覚的にも感情的にも見る人とつながることのできる、表現方法となるでしょう。抽象性を取り入れ、リアリズムに囚われないことで新しい表現が可能です。スタイライズドレンダリングの世界は、創造の自由で満ちた新しいフィールドなのです。