リアルな表現を目指して、デジタルの世界は「光のふるまいを正確に再現する」という考え方に重点を置いています。その中心となるのが、「PBR(物理ベースドレンダリング)」です。PBRは、映画だけでなく、ビデオゲームやAR/VRのようなリアルタイム環境でも、マテリアルやライティング、表面の細かいディテールの考え方を大きく変えたレンダリング手法です。
物理ベースレンダリング(Physically Based Rendering:PBR)は、数学と物理学を使って光が現実世界でどのように作用するかをシミュレートする、シェーディングおよびレンダリング技術のセットです。反射、吸収、散乱、透過といった、光が物体の表面とどのように相互作用するかを再現し、従来のような感覚頼りの表現ではなく、物理的な正確さを重視しています。PBRの一番の目的は「見た目」だけでなく「論理的にも正しい」フォトリアリズムです。3Dシーン内のマテリアルを「ラフネス(粗さ)」「メタリック(金属度)」「反射率」など、現実に即した数値で設定すれば、どんなライティング環境でも一貫した見た目を保つことができます。これは、照明が変わるたびにシェーダーを調整しなければならなかった従来の方法に比べ、大きな進歩です。
PBRの魅力は、「現実世界の素材がどのように光に影響されるか」に基づいた、統一されたマテリアルシステムにあります。ソフトウェアによって細かい違いはあるものの、一般的なPBRの構成要素は次のようなものです:
これらのマップ(テクスチャ)は組み合わさって、アート的な見た目ではなく、物理的な性質に基づいた、リアルなマテリアルを作り出します。たとえば、PBRを使って塗装された金属を作成すると、光の反射具合や色、光の散らばり方は、入力した値やシーンのライティングに応じて正確に変化します。シーンごとに調整し直す必要はありません。これが、標準化されたPBRシステムの大きな強みです。
濡れたアスファルトの道路に太陽の光がきらめく様子や、すりガラスを通して柔らかく広がる光を想像してみてください。PBRを使えば、こうした繊細でリアルな光のふるまいを、正確な数式でシミュレーションすることができ、鏡のような鋭い反射から、ザラザラした表面に見られる柔らかなハイライトまで、さまざまな表現が可能になります。以下に、PBRで実現できることをご紹介します:
PBRマテリアルは現実世界の物理的なデータに基づいて作られているため、どんなライティング環境でも一貫した見た目を保ちます。たとえば、曇り空のHDRI環境から室内のスポットライト照明に切り替えたとしても、マテリアルはそのまま自然に見え続けます。照明が変わるたびにシェーディングを調整し直す必要はありません。
GPU技術の進化と、Unreal Engine や Unity といったリアルタイムレンダリングエンジンの発展により、PBRはもはや映画のようなパストレーシング専用の技術ではありません。いまでは、60FPS以上で動作するゲーム内でも、物理ベースのシェーディングをリアルタイムに再現できます。
PBRを使えば、近くで見ても遠くで見てもリアルに見えるシーンを作ることができます。ノーマルマップやラフネスの設定によって、ポリゴン数の少ないローポリのモデルでも、まるで凹凸や質感があるように表現できます。さらに、適切に管理されたテクセル密度と組み合わせることで、非常に効率的なビジュアルが実現します。
PBRを使うと、光のふるまいが現実的になります。たとえば、ヘアライン加工されたアルミに鋭く反射したり、人の肌のような素材ではやわらかく光が拡散したりと、自然な見え方になります。この正確な光の表現によって、映画でよく使われるキーライト、リムライト、フィルライトといった照明技法も活かしやすくなり、視線誘導やシーンの雰囲気づくり、ストーリーテリングがより効果的になります。
では、なぜPBRはモバイルゲームから大作映画まで、あらゆる場面で使われるようになったのでしょうか?
PBRを使えば、マテリアルの見た目を感覚や勘に頼る必要がなくなります。アーティストやテクニカルディレクターは「反射」「散乱」「透過」などの物理的な性質に基づいた共通のルールで作業するため、誰が担当しても、どのツールを使っても、予測通りの一貫した結果を得ることができます。
PBRを使えば、アセットの見た目がどのソフトやゲームエンジンでもほぼ同じになります。たとえば、Substance Painterで作ったマテリアルは、BlenderやUnity、Unreal Engine、Marmoset Toolbagに読み込んでも同じように表示されます。このようなエンジン間での一貫性によって、アセットの共有や再利用がとても簡単になり、チームのワークフローが大きく変わりました。
デザイナーは、実世界の素材から得られた実測データ(たとえば光の屈折率〈IOR〉や色ごとの反射特性〈スペクトル反射率〉など)を使ってシェーダーを作ることができるようになりました。これにより、3Dシーンのマテリアルが実際の素材と見分けがつかないほどリアルになります。こうした技術は、製品デザイン、建築ビジュアライゼーション、映画のVFXなど、正確さが求められる分野で特に効果を発揮します。
リアルタイムレンダリングでは、処理速度が非常に重要です。PBRのワークフローでは、テクスチャの解像度や反射の精度、照明の複雑さをハードウェアの性能に合わせて自動的に調整できます。これにより、見た目を保ちながらスムーズな動作を実現します。
わかりやすいドキュメントと標準化されたマテリアルモデルのおかげで、アーティストは高度なプログラミング知識がなくてもPBRマテリアルを作成・使用できます。これにより、インディーゲーム開発者から経験豊富な3Dモデラーまで、幅広いクリエイターがPBRを活用できるようになりました。
では、実際にPBRをどのように実装するか見てみましょう:
良いジオメトリとUVレイアウトは基本です。サーフェスの法線方向を正しく保ち、トポロジーをきれいに保ち、テクスチャを貼りやすくするためにモデルを適切にアンラップしましょう。特に複数のオブジェクトがあるシーンでは、テクセル密度を一定にしてテクスチャの細かさを均一にすることが重要です。
Substance Painter、ArmorPaint、そしてBlenderのノードエディタなどのツールを使うと、直接ペイントしたり、手続き型に自動生成したりしてPBRマップを作成できます。
照明は現実世界の仕組みに沿って設定しましょう。HDRIマップやエリアライト、キーライト・フィルライト・リムライトなどの実際の照明を再現したスポットライトを使うことで、シーンが自然な見た目になります。スタイリッシュな作品でも、光の動きを物理の原理に基づかせることで、より良い仕上がりになります。
リアルタイムエンジンがより高性能になり、レイトレーシングが標準になるにつれて、オフラインレンダリングとリアルタイムレンダリングの境界は曖昧になっています。物理ベースレンダリング(PBR)はこの変化の中心にあり、リアルで拡張性のあるデジタル画像を作るための強力な手法を提供します。PBRをマスターすることは、光の動きや素材の性質、最新のレンダリングツールの使い方を理解することです。光を扱うこの世界では、単にピクセルを描くのではなく、光そのものの動きをシミュレートしているのです。